大判例

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前橋家庭裁判所 平成8年(少)1260号 決定

少年 I・N(昭和53.3.7生)

主文

少年を前橋保護観察所の保護観察に付す。

理由

(認定非行事実)

少年は、暴走族○○の元隊員であるが、暴走族○△総長A(当時16歳)、同副総長B(当時17歳)、同隊員C(当時16歳)と共謀のうえ、平成7年10月28日午後9時頃、群馬県渋川市××番地○○中学校校庭で、少年とAが「てめえらやる気がねえ。言ってもわかんねえ奴はけじめをつける。殴るしかねえ。」などと怒鳴りつけながら、少年らにおいて、同暴走族隊員D(同時16歳)及びE(当時16歳)に対して、同人らをその場に正座させるなどして、その顔面や腹部などを十数回足蹴りにし、あるいは手拳で殴るなどの暴行を加え、その結果、Dに加療約10日間を要する口腔内挫創、舌挫創、顔面頸部打撲傷の傷害を、Eに加療約2週間を要する頭部、顔面打撲傷、顔面擦過傷、右顎関節脱臼の傷害をそれぞれ負わせたものである。

(適用罰条)

刑法204条、60条

(処遇選択の理由)

1  少年は、小学校5年時に万引をして補導され、中学進学後には、服装違反、喫煙、無免許運転、夜遊びなどをし、自販機荒らしで補導された。その後も不登校を繰り返し、暴走族○○に加入し、バイク盗、学校荒らしなどを累行して平成4年10月試験観察に付された。しかし、同年11月には家出し、原付等の窃盗、暴走などをして平成5年3月初等少年院送致され、平成6年4月少年院を仮退院して就労したが、すぐに辞めて職を転々とし、同年11月以降は就労状況も不良となり、平成7年4月軽犯罪法違反(ナイフの不法携帯)で検挙され、同年10月27日再び試験観察に付された。それでも少年は、その翌日(同年10月28日)に本件非行を犯し、その後の調査面接、終局審判等の過程を通じて本件非行を全く申告しないまま、平成8年7月保護観察に付された。更に、その保護観察中にも、暴走族関係者等との不良交遊を続け、無為徒食するなどしていたのであって、少年の非行性にそれ自体軽視し難いものがある。

2  本件の非行は、数人がかりで無抵抗の被害者らに対して、地面に正座させてその頭をサッカーボールでも蹴るようにかわるがわる蹴とばすなどの一方的かつ執拗な暴力をふるって負傷させたというものであり、その暴行の態様が卑劣であるばかりか、その動機が暴力によって不良な集団の組織を維持しようとするものであって社会の健全な規範を無視した悪質な行為であることは明白である。少年は、前記のような保護処分や指導を受け、ことにその前日に前記試験観察に付されていながら、このような不良交遊の問題性、本件非行の悪質さに対する自覚を持てずに安易に本件非行に加わり、その後の審判段階に至っても、非行や自己の行為の問題性に関する自覚を深められずにいたのであって、その規範意識の内面化不足は著しいというほかない。また、少年の知能は中域にあるが、その性格・行動傾向では、気弱で自信に欠け、甘えた自己中心性を基調とした自己顕示性が強く、協調性や欲求不満耐性が乏しく、年齢相応の自覚や責任感に欠け、勤労意欲・意識も貧弱であることなど根の浅からぬ問題点があり、自ら改善・更生しようとする意欲にも甚だ欠けていたものというほかない。

3  保護者らは、このような少年に対して何ら適切な監護・教育をなし得ていないうえ、少年の双生児の弟も問題行動が多く現に保護観察に付されているなど、保護環境も劣悪で、少年に在宅保護での立ち直りを期すことは困難な状況にあった。

4  そこで、これらの問題点を改善し少年の健全教育を図るため、平成8年9月18日、当庁において少年を中等少年院に送致する決定をし、少年は小田原少年院で教育を受けていたのである。しかし、中等少年院送致決定に対する少年の抗告を受けて同年11月12日抗告審は「少年については、社会内における指導によって健全育成を図る余地も十分に残されている」として前記送致決定を取消し、本件を当庁に差戻す決定をなし、少年は同日当庁において釈放された。ところが、その後も少年は真剣に就労しようとすらせず、本件の共犯少年らと深夜まで徒遊したり、一応職についてもすぐに辞め、あるいは、欠勤、遅刻を繰り返すなどしており、差戻し後の審判においても当初は十分な内省は見られなかったのである。

5  このように、本件非行の性質・動機・態様、少年の性格、環境等をみるとその要保護性は高く、収容保護によって健全育成を図る必要性も認められるところである。

しかしながら、少年は、本件で2か月近く中等少年院での教育を受けているうえ、前記の保護観察を担当してきた保護司が少年の今後の指導監督になお意欲を示していること、本件の差し戻し後、生活態度には問題は少なくなかったものの、非行にまでは至らず、その調査・審判の過程で、保護者も一層の監護意欲を示し、少年も自己改善の意欲を示すようになって、就労状況も含めて生活態度に改善がみられてきたこと、少年の情操保護等の要請から少年に対する手続的な負担や処分変更による不利益は最少限度にすべきであることなどを考え併せると、前記抗告審決定の趣旨に則り、社会内における健全育成を図るため少年を保護観察に付すことが相当と思われる。

そこで、少年法24条1項1号、少年審判規則37条1項により、主文のとおり決定する。

(裁判官 廣瀬健二)

〔参考1〕抗告審(東京高 平8(く)274号 平8.11.12決定)

主文

原決定を取り消す。

本件を前橋家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、少年の抗告申立書に記載されているとおりであるが、要するに、少年を中等少年院に送致した原決定の処分は著しく不当である、というのである。

そこで、記録を調査して検討する。

本件は、少年が、暴走族のリーダーやメンバー3名と共謀の上、平成7年10月28日、群馬県渋川市内の中学校校庭で、その暴走族の他のメンバー2名に対し、遣る気がないとして、顔面や腹部等を足蹴りしたり、手挙で殴打したりして、加療約10日間あるいは同2週間を要する傷害を負わせたという非行である。

少年は、加入していた暴走族を脱退したものの、他の暴走族リーダーから暴走族の運営について助言を求められ、集会に参加するなどして関わりをもっていたが、右リーダーから、仲間に加わったものの、バイクの免許を取得しようとせず、暴走族の特攻服を作らなかったりして、暴走の戦力にならない者に、掟を教え、気合を入れるのに手を貸してほしいと頼まれて、本件に及んだものであり、その動機は思慮に欠けた身勝手なものであるし、無抵抗の被害者らを執拗に足蹴りしたり、手挙で殴るなどした態様も悪質であり、負わせた傷害の程度も軽くはない。したがって、本件を軽微な非行とみるわけにはいかない。

さらに、少年は、バイクの窃盗を繰り返した非行などで、在宅試験観察に付されたが、その間、再び窃盗等の非行に及んだため、平成5年3月16日、初等少年院に送致され、平成6年4月19日、仮退院した後、平成7年4月21日に高校の校庭で正当な理由なく折り畳み式ナイフ1本を隠して携帯していたという軽犯罪法違反の非行を行い、同年10月27日、在宅試験観察に付されたという非行歴があるのに、右軽犯罪法違反の非行による在宅試験観察決定を受けた翌日に本件非行に及んだものである。

そして、本件非行は、右軽犯罪法違反の非行が平成8年7月12日に保護観察決定により終局した後、同年8月23日に事件送致されて原裁判所の知るところとなった。

そうすると、本件非行の性質や少年の非行歴に少年がさしたる抵抗感もなく暴力に及んでいるという性向があることに加え、職に就いても長続きしないという生活状況が認められるのであり、これに、保護者が指導意欲はあっても、その能力が十分とはいえないことなどをも考慮すると、原決定が指摘するように、少年の非行性や要保護性には軽視できないものがある。

しかしながら、本件非行が軽微なものではないにしろ、仲間内の暴力事件であって、重大な事案とまでは認められないから、少年が、右軽犯罪法違反の非行による在宅試験観察中、本件非行を行ったことを原裁判所に申告しなかったことをそれほど強く責めるわけにはいかないし、少年は、本件非行の後、右軽犯罪法違反の非行による在宅試験観察によって約9か月間調査官の面接指導を受けるなどして行動観察を継続されていたのであり、その間、仕事の面では安定しない傾向があるものの、非行に走る直接の原因である不良交友はなくなったと認められ、保護観察を受けるにとどまっているのである。その後、原裁判所に本件非行が事件送致されてきたのであるが、その経緯は、平成7年10月31日に被害者両名から被害届が提出されるとともに同人らの供述調書も作成されて、少年が関与していることが発覚し、同年11月11日に重ねて被害者両名から被害状況につき供述調書が作成されて、現場確認もなされ、平成8年3月25日に作成された捜査報告書では、少年の身柄拘束の必要性があるとしていながら、その後格別の捜査がなされた形跡はないのに右保護観察決定から約1か月後の平成8年8月15日に逮捕し、身柄付のまま送致されてきたのであるから、右保護観察決定時に社会内処遇になじんでいた少年の行状が本件審判までに変更があったわけではないことを考慮すると、少年については、社会内における指導によって健全育成を図る余地も十分に残されているというべきである。

したがって、試験観察などにより少年の動向をさらに観察してその可能性を検討することなく、現時点で直ちに中等少年院送致の決定を言い渡した原決定の処分は、著しく不当であるといわなければならない。

よって、本件抗告は理由があるから少年法33条2項、少年審判規則50条により、原決定を取り消し、本件を原裁判所である前橋家庭裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

別紙

(非行事実)

少年は、暴走族「○○」の元隊員であるが、暴走族「○△」の総長であるA(当17歳)、同○△副総長のB(当17歳)、同○△隊員のC(当17歳)と共謀のうえ、同○△隊員のD(当16歳)及びE(当16歳)に対し暴行することを企て、

第一 平成7年10月28日午後9時ころ、群馬県渋川市××番地○○中学校校庭において、右Dに対し、少年及びAは、「てめえらやる気がねえ。言っても分かんねえ奴は殴るしかねえ。」などと怒号し、こもごも、右Dの顔面及び腹部等を足蹴り、殴打する等の暴行を加え、よって同人に対し、加療約10日間を要する口腔内挫創、舌挫創等の傷害を負わせ

第二 前記第一記載の日時、場所において、右Eに対し、少年及びAは、「てめえらやる気がねえ。言っても分かんねえ奴は殴るしかねえ。」などと怒号し、こもごも、右Eの顔面及び腹部等を足蹴り、殴打するなどの暴行を加え、よって同人に対し、加療約2週間を要する頭部顔面打撲傷、右顎関節脱臼等の傷害を負わせ

たものである。

以上

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